先日、ある美術館の学芸員の方から 面白い話を伺った。「日本の美術史は 東京美術学校の校長であった岡倉天心 が西洋の美術観をむりやり当てはめて 作ったもの」なのだと。 そもそも、それまでは日本に「美術」 という考えすら無かったそうだ。これ では欧米列強に馬鹿にされるので、天 心が頭を悩ませた結果、西洋の美術観 を拝借して、日本に美術史があること にしてしまったらしい。 その結果、今まで拝むためにあった 仏像が「彫刻」としてうやうやしく美 術館に陳列されてしまったわけで、最 初は仏様もどう対応して良いか悩んだ ことだろう。(見られるのは慣れてい ると思うが、賽銭はもらえない) 同じことが食品業界にも言える。今 でこそ各社ともホームページで主要製 品の歴史を説いていたり、復刻版パッ ケージなどを出しているが、数年前ま で、そんな活動は皆無だった。以前ど こかに書いたことがあるが、メーカー に製品のネーミング、発売年や宣伝タ レント等について質問しても、「資料 が無い」とか「わからない」のオンパ レードだった。しょうがないので、断 片的記憶を寄せ集めて商品史を書き、 自分のホームページに載せていた。 間違いがあればメーカーから直接訂 正が来るだろうと期待しているのだが、 そういう事はほとんど無く(来たとし ても「違います」と言うだけで、まず 正しいことは教えてくれない)、いつ の間にか私の書いたいいかげんな歴史 が定説として、全然知らない人のホー ムページに載っていたりしている。実 はそれが楽しみで毎月ホームページを 更新しているようなものなのだが、本 音を言うと、ちょっと心苦しい。 つまり、歴史というものは、ひとり でに歴史の教科書に載るものではなく、 誰かが書き表して初めて歴史になるも のだと思う。作為的な箇所もあるわけ だ。ところが、文章になっているが故 に、書いてあることは全て正しいと信 じてしまう人が多いのは悲しい。 以前、ある総合メーカーの社史を図 書館で読んだことがあるが、「会長の ご尽力によりどーのこーの」という記 述が多く、会長を賞賛するために書い たとしか思えない社史であった。とこ ろが、後で知ったが、実はその会長が 会社をおかしくした張本人のようで、 社史というものは当てにならないこと もあるということを知った。 もちろん、こんな社史ばかりではな い。今までで一番感動した社史は、新 潟交通が新潟地震の後に発行した二十 年史である。第二次世界大戦中に新潟 のバス会社が統合され新潟交通ができ る前の各社の歴史から始まり、佐渡で 使用された日本初の冷房付き(と言っ ても氷を積んで走った)観光バスの写 真、まだ女性車掌が乗っていた昭和三 十年代後半のバス事業の様子などが写 真入りで手にとるようにわかるもので あった。研究者にとっては非常に有益 な資料であり、バスに興味が無い人で も楽しく読める社史である。ふと、他 社の社史とどこが違うのか考えてみた。 よく考えてみたら、その当時の「今」 が克明に記録されていることに気がつ いた。 歴史や伝統というものは「今」の積 み重ねである。過去があってこそ現在 があり、現在があってこそ未来がある。 歴史というものは教科書に載っている 昔の事で、自分たちの生活とは全く関 係が無いものというイメージが強いが、 現在進行形で作っているものなのだ。 その意外な例がインターネットである。 ホームページというものは最新情報 を手に入れるのに最適な手段とばかり 思われているが、実は過去の情報を手 に入れるのにも最適なメディアなので ある。最新情報を蓄積することにより、 客観的にその会社の歴史を著している のだ。だから、見た目は派手だが、最 新情報だけの掲載でデータの蓄積が全 く無いホームページは、内容が薄っぺ らで見る意味がほとんど無い。どんな にお金を積んでも歴史や時間は買うこ とができないわけで、だからこそ歴史 や伝統が大事なものになるわけだ。 現在の日本は良き伝統も歴史も経済 も家庭も全て壊れてしまった(これは 破壊と盲従だけで創造というものをし なかった団塊の世代が原因ではないか と秘かに思っている)。逆に言うと、 新たに歴史を書き記すのに、今が一番 良いタイミングなのではないか。 過去をひもとき、新たな発見を探す のも面白い作業である。しかし、現在 を記録していくのも大事な作業である。 もし現在何かを集めていたり記録して いるのなら、何年か経ってから振り返 ってみてほしい。些細なものでも、し っかり歴史を刻んでいる。そう、歴史 は「創る」ものなのだ。